「スリランカの至宝 釈尊の真身御舎利特別御開帳」事務局

特別御開帳について

釈尊の真身御舎利(仏舎利)

二千年史上初

スリランカ最古の寺院の一つである
ペルマドゥーラ大寺に代々護持されてきた
御舎利を史上初めて佛教之王堂で御開帳

御舎利を佛教之王堂で御開帳

仏舎利とは

二千五百年前、インド・クシナガラで、お釈迦様 (釈尊) が荼毘に付された 後に遺された御遺骨です。
まさしく、釈尊の御身体であるので真身舎利といわれます。

釈尊が荼毘に付された
インド・クシナガラ 荼毘塚

仏舎利の伝来

 釈尊が荼毘に付された際の御遺骨は、水晶のような仏舎利と化したと伝えられています。
八大王はこれを奪わんと軍を率いて到来しましたが、八ヶ国に公平に分けられ戦争に至りませんでした。スリランカには、その一部が、アショーカ王の子、マヒンダにより紀元前三世紀に伝えられました。

釈尊の真身御舎利が代々護持されている
ペルマドゥーラ大寺
スリランカ

 今回、大統領閣下が特使と政府使節団を編成して、特別御開帳された御舎利は、スリランカ仏教の起源となった大寺(マハー・ビハーラ)の一つ、ペルマドゥーラ大寺に二千年の古から伝わる釈尊真身の仏舎利です。
 この歴史ある至宝が二千年の歴史の中で、初めて海を渡りました。

この度 御開帳された御舎利を護持するペルマドゥーラ大寺

【二千年の歴史】

 スリランカには、二千年以上続く 仏教の歴史があり、その間に首都は三度替わったものの、この寺院は仏教の中心であり続けました。周囲に600エーカー(73万4400坪)の土地を所有し、管長のご説明によれば、現管長は現存する資料が示す範囲で17 代目にあたります。
1936年、イギリス領であった当時、イギリス政府がこの寺院をスリランカで最も権威ある寺であると認定しました。

大寺に伝わる椰子の葉に記した経典

大寺に飾られている写真
大統領と管長が親しく御会談

【仏舎利守護官 ニラメ】

「ニラメ」は、スリランカ政府が公式に認定した、御舎利を守護する資格を有する公職で、スリランカ国内で、現在約25名のみが認定されています。
御舎利を守護する際には肉食を断ち、心身を清めて、短刀を携え、命がけで御舎利を 守護します。

御舎利を守護するニラメ
(写真はスリランカ仏歯寺のニラメ)

経典に説かれる御舎利の功徳

経典に説かれる御舎利の功徳


 舎利とは、遺骨を意味するサンスクリット語「シャリーラ」の音訳で、お釈迦様 の御遺骨のことです。
 二千五百年の昔、お釈迦様は、クシナガラにて入滅され、荼毘に付されま した。その時、全身が水晶の小粒のような御舎利と化したと伝えられています。
 それを知った八大国の国王たちは、御舎利を奪わんとして軍勢を率いて到来し、 戦争となるところ、ドーナという婆羅門の仲裁により八大国すべてに公平に 分けられたと伝えられています。
 二百年後、マウリヤ朝のアショーカ王はインドを統一し、七ヶ所の御舎利を 再分配し、八万四千もの塔を造ったとされています。以後、御舎利はお釈迦様の 分身として、各国において命懸けで護られてきました。


 御舎利には、また、多くの不可思議な話があります。
『日本書紀』には、六世紀の敏達天皇の治世、蘇我馬子が、試しに御舎利を鉄床 の上に置いて、鉄鎚で打ってみたところ、鎚と床は破れ砕けたが、御舎利は 損なわれず、これに驚いた馬子は、以来篤く仏教を信仰したといわれています。
 さらに七世紀、唐の僧、三蔵法師玄奘が、天竺の旅路から帰国する際に ブッダガヤを訪れ、御舎利を拝観したその夜に、御舎利が納められた塔の内部 から光が放たれ、その奇瑞は、東の空が白み始めるまで、消えなかったと伝え られています。また、これを見た周囲の人々は、大いに仏教を信奉したという ことです。


 二千五百年もの時を経た、心の時代ともいわれる二十一世紀、世界の様々な 地に仏舎利塔が立ち並び、縁ある人を仏教に帰依せしめています。お釈迦様は、 滅後も御舎利となって、今もなお人々を救っておられるのです。
 冒頭の『聖・観大乗経』にあるように、たとえどんなに小さな御舎利であろ うとも、それを礼拝供養するものは、来世に、仏国土に生まれると、その功徳 の莫大なることを経典は讃えています。